幻想怪奇の世界に移住するには
いざ、憧れの怪奇と幻想の世界へ
少年時代に地元の図書館で出会った一冊の本。
その本によって「怪奇幻想の世界」の扉は開かれた。
大人になり古本屋で同書と再会した時、僕は迷わず購入した。
その頃には「怪奇幻想の世界」にどっぷり浸かっていた。
扉は閉められることなく、広大な「怪奇幻想の世界」を未だ彷徨い続けているのだ。
そんな日々の中でふと頭に浮かんだある考え。
「自身が怪奇幻想世界の住人なれないだろうか」
我ながら阿呆な思い付きである。
だが僕は阿呆な思い付きを検証することが大好きなんだな。
とはいえ人間の生活を捨てて妖怪になるのはさすがに躊躇される。
つまり、「人間のまま現実社会と怪奇幻想の世界を往来したい」というところだ。
「鬼太郎の地獄めぐり」ぐらいのラフな感じで。
願望のハードルを下げたように感じるが気のせいだ。
相変わらず実現不可能なことには変わりない。いやはや困った。
「怪異」と対峙する者たち
「怪奇幻想の世界」にふらっと遊びにいくのは諦めた方が良さそうだ。
「怪奇幻想の世界」に住む者は民間伝承などで伝えられる妖怪や妖精、世界各国の神話に登場する神々、天使や悪魔、怪物のような人知を超えた存在がほとんどだ。
だが人のまま「怪奇幻想の世界」に登場する者も少なからずいる。
彼らの歩んだ道は「怪奇幻想の世界」へ繋がっているはずだ。
そこで「怪奇幻想の世界」に登場する人物について調べてみた。
なるほど、彼らには共通点がある。
関係性は様々だが「怪奇幻想の世界」に登場する人物は何かしらの形で「怪異」と関わっていた。
例えば大百足を退治した藤原秀郷や雷獣を斬ったといわれる立花道雪など「怪異」と
対峙することで「怪奇幻想の世界」に足を踏み入れた者たち。
その中でも特に数多くの「怪異」を打ち破った逸話が残っている人物。
それが摂津源氏の祖・源頼光とその配下である頼光四天王である。
彼らの妖怪退治譚といえば「土蜘蛛退治」や「大江山の酒呑童子討伐」が有名だ。
頼光が酒呑童子を斬ったといわれる「童子切安綱」は国宝として東京国立博物館に
現存している。
頼光と共に酒呑童子を討伐した卜部季武、碓井貞光、坂田金時、渡辺綱。
頼光四天王と呼ばれる彼らは他にも「怪異」と遭遇した逸話がいくつも残されている。
妖術を使い宝刀「髭切丸」を奪った滝夜叉姫を倒し、宝刀を取り戻した卜部季武。
卜部季武と共に滝夜叉姫を倒し、他にも碓氷峠の大蛇退治などの逸話を持つ碓井貞光。
その碓井貞光に見出され後に頼光四天王となる足柄山の金太郎こと坂田金時。
そして前述の「髭切丸」で一条戻橋で茨木童子の腕を切り落とした渡辺綱。
頼光の周りには「怪異」が満ちているようだ。
その影響は頼光の子孫にまで及んだのだろうか。
頼光の玄孫にあたる源頼政。
彼が頼光より受け継いだ弓「雷上動」で射落としたのは猿の顔、狸の胴体、虎の手足
を持ち、尾が蛇という異形のものだったという。
この妖怪「鵺」を討った功績により頼政は朝廷より名刀「獅子王」を授かった。
この「獅子王」は奇しくも高祖父・頼光の「童子切安綱」と同じ東京国立博物館に
所蔵されている。
ただ、頼光や頼政の逸話はすべて真実なのだろうか。
「鬼」や「妖怪」は朝廷に逆らう土豪や山賊を表していたという話もある。
現代でいうと反社会勢力やテロリストを制圧するような感じだろうか。
では大江山の鬼をメデジン・カルテルのメンバー、酒呑童子をパブロ・エスコバルと
置き換えた場合、エスコバルを射殺したコロンビア治安部隊が頼光や四天王となる。
彼らが1000年後に頼光らのように語り継がれる存在となるのだろうか。
想像もつかない未来の話だがひとつ言えるのは僕は1000年も待てないということだ。
自身の命が尽きるまでに「幻想怪奇の世界」に辿り着きたい。
現代に生きる「怪異」に立ち向かう者とは
科学の光が夜の闇を明るく照らす現代。
しかし、「怪異」がこの世界から消え去ったわけではないだろう。
今この瞬間も「怪異」に立ち向かっている者がいるはずだ。
そう思いながら調べ続け、この記事にたどり着いた。
カラパイア:http://karapaia.com/
http://karapaia.com/archives/52254708.html
祓魔師、エクソシストと呼ばれる悪魔祓いの専門家が人材不足らしい。
エクソシストといえば少女の首が360度回転したり、ブリッジしたまま高速移動する
「スパイダー・ウォーク」など衝撃的なシーンが話題となった映画を思い浮かべる人が
ほとんどではないだろうか。つまり、フィクションだと。
エクソシストは実在する。
悪魔や悪霊に対抗するエクソシスムはローマ法王庁が公式に認めている行為であり、
エクソシストとしてはカンディド・アマンティーニ神父やガブリエーレ・アモルト神父
などが有名だ。
両名とも残念ながらすでにこの世を去ってしまったが彼らは確かに20世紀に存在し、
「悪霊」や「悪魔」という「怪異」に立ち向かった者である。
そして、彼らの遺志を継ぐ者たちがいる。
僕の進むべき道のひとつとしてエクソシストはありかもしれない。
上記記事によるとバチカンによるエクソシスト養成講座が開校されるそうだ。
これはチャンスなのか?何か違うような気もする。
そもそもイタリア語から学ばなくてはならないじゃないか。
この流れが続けば新聞折り込みチラシにエクソシスト通信講座が掲載される日も
そう遠くはないのではないだろうか…と自分に都合よく考えることにした。
俺たちの「幻想怪奇の世界」への旅はまだはじまったばかりだ!